ミスタースリムカンパニー 深水龍作 カメのタンバリン 梨本謙次郎 Mr.Slim@Studio ミスタースリムカンパニー公演情報
 

FLOWER DECORATION

ミスタースリムカンパニー30周年記念AUGUSTタイムテーブル
AUGUST発起人 コメント
1Day Ticket \4,000(1Drink付) / 2Day Ticket \5,000(1Drink付) ※中学生以下は半額
ミスタースリムカンパニーTシャツ
★順不同 敬称略
ミスタースリムカンパニー30周年記念SUMMER LIVE 2005 AUGUSTback ★松下治夫

深水、ミスタースリムカンパニーの諸君、おめでとう!一口に30年と言うが、
この年月は単純ではない。「よくもったなぁ」というのが正直な感想です。
このタバコが好きで酒が好きな唄うたいの不良が、
実は、子供好きで面倒見のイイ、繊細な優しい男であること、そして、
ワンマンに見られがちながら、実は一生懸命相手の立場を分かろうと努力し、
協調やバランスを大切にする男であることを、
私は、いくつもの仕事を一緒にした経験から知る事になりました。
あえて言いますが、私と深水の関係は、プロデューサーと俳優(演出家) という関係ではなく、
あくまで「友達」です。深水が持てるパワー全開で、オリジナリティにこだわりながら
今後も深水らしさを失わずに、直球勝負のアーティスト活動を展開していく限り、
この男の軌跡を見守り、皆で応援していこうではありませんか。           松下治夫
○2005年8月27(土)
14時30分OPEN 15時START
ミスタースリムカンパニー30周年記LIVEParty8/27(土)出演ユニット紹介
★亀渕昭信 ニッポン放送 http://www.1242.com/

青春とはバラ色の頬やしなやかな腰つきを言うのではなく、
強い意思と豊かな想像力を言う。
青春とは、決して逃げない、逞しい冒険心を言う。年齢だけで人は老いない。
理想を失う時、人は初めて老いる。―――米国の詩人サムエル・ウルマンの「青春」より
・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつまでも青春。世界で一番年をとったティーンエージャー、深水龍作さん。
30周年、誠におめでとうございます。わたし、嬉しい!         ニッポン放送 亀渕昭信
○2005年8月28(日)
14時OPEN 14時30分START
ミスタースリムカンパニー30周年記LIVEParty8/28(日)出演ユニット紹介
★木村英輝

何が本物というのか。本物を見分ける定義は取り立てて無い。もし定義があるとすれば、
それは「変わらない」ということではないか。 ちょっと成功すれば、ちょっと金持ちになれば
すぐに賢そうにしたり、態度を変えたりするコロコロ人生の奴は鼻持ちならない。
その点、深水龍作は変わらない。気持ち悪いぐらい変わらないのだ。
ミュージカル「ヘアー」では寺田稔と並んで主役を熱演。
それ以降、Rock’n Rollのミュージカルをプロデュースし続けてきた。どちらかといえば、
日本人が一番不得意かもしれない、歌って踊るのである。
宝塚が日本人のめざした1つの極みであるなら、深水ミュージカルはその対極にある
もう1つの日本人がめざすものだ。能書きはいらない。汗と涙と笑いと血がコミュニケートするのだ。
○場所/「ラパン・エ・アロ」
ラパン・エ・アロ
地図はこちら

TEL 03‐5469‐2570
FAX 03‐5468‐9357
★内田裕也 UchidaYuya Com http://www.uchidayuya.com/index.html

祝!深水RYUSAKUは変ったYATHUダ!1970年代のNEW YORK!
シェリダンスクエアーの小さなシアターに、彼はミュージカルアクターとしてステージに立ち
終った後はそこで眠っていた!俺は感動してフィナーレに一緒に立ち
コレがあればあと2日NEW YORKにいれるのに・・・と思いながらポケットから
100ドル札を出して渡した!・・・しばらく会ってなかったが2005年になっても、
“ミスタースリムカンパニー”をケイゾクしてやっている!!
深水RYUSAKUはやはり変ったYATHUダ!!           Rock'n Roll   内田裕也

企画・制作・問合せ/
(株)ミスタースリムカンパニー
TEL & FAX 03-3310-9518
(有)エムエイエム

TEL & FAX 042-301-2213

★下田逸郎 ひとひら通信 http://www.amelio.co.fm/shimoda

龍作は宙に向かって唄う。決して観客に向かって唄ってはいない。
観客と自分のちょうどまんなかに生まれてくる見えない怪物に向かって唄う。
その怪物は観客の背後から龍作に向かって圧倒してくる「この世」を代表している時もあり、
龍作の背後から観客に向かって伸び上がり大きく包みこもうとする
「あの世」を代表している時もある。まれに この世もあの世も越えたなにものかが
立ち上る時がある。その時、龍作の唄は叫びから祈りへと変わる。
叫びにも祈りにもとてつもないエネルギーが必要であるから 唄い続ける龍作の頭は
クラクラと軽い失神状態になる。その時、怪物は消える。そこまで行ってしまうことが
時々あるから唄うということを龍作はやめない。この場合「唄う」と「生きる」とが、
まったく同じ意味であるということは言うまでもない。                    下田逸郎

★トニータナカ トニーズコレクション http://www.tony-tanaka.co.jp/

僕とミスタースリムカンパニー即ち深水龍作さんとの付き合いは、アトリエフォンテーヌで上演した
第1回目の作品からです。 その時は龍作さんも僕も20代。みんな夢を持ち、エネルギーを持ち、
その夢とエネルギーの発散するかのように、その情熱をミスタースリムカンパニーに捧げていました。
僕がプロデューサーとして開催したヘアショーのエキジビジョンに参加してもらったり、
僕が主催しているメイクアップスクールのクリスマスパーティにゲストとして参加してもらったり、
たくさんの若き情熱を頂きました。あれから30年が過ぎてしまったとは、本当に夢のようです。
龍作さんの還暦ライブにも参加させて頂きましたが、お互いにこんなにトキが経ってしまったのかという感慨と、
まだまだこれから未来に向かって動けるんだという再確認させて頂きました。
ミスタースリムカンパニーは、僕の青春時代に切り離せないグループです。
龍作さんは人生そのものがロックンロールであり、ミスタースリムカンパニーそのもの。
これからもMr.ロックンローラーとして70歳になっても80歳になっても90歳になっても、
ロックンローラーを貫き通してミスタースリムカンパニーの後身を支えていって頂きたいと思います。
ここで、出会った沢山のアーティスト、スタッフの方々には、今でも僕の仕事に参加して頂いている方も
いらっしゃいますし、このミスタースリムカンパニーとの関わりがきっかけとなって新たな関係を築けた方も
いらっしゃり、とても感謝しています。ミスタースリムカンパニーの30周年を一緒にお祝いできることの
喜びに感謝し、龍作さんとミスタースリムカンパニーの今後のご発展をお祈り申し上げます。  トニータナカ
★河村シゲル 河村シゲルオフィシャルサイト http://www.shiger.net/

30年ほど前・・・
俺はミスタースリムや東京キッドを、俺のフィールドであるテレビに利用しようとして失敗した。
奴らの凄まじいエネルギーはテレビメディアなんて眼中になかったのだ。
そして時は巡り幾星霜・・・
人の縁の不思議さの中で深水龍作大兄と再会し、今度はスンナリ心が通った。
俺が本心でロックンロールを求めたのかも知れない。
人間の怒りや悲しみを、楽しく歌うのがロックンロールなんだ。
時を経たものを愛でず、新しさだけを賞賛する、この時代へのアンチテーゼとして
今、再びロックンロールを爆裂させたい。
政治、経済、文化、国家を形成する三矢の二本が崩壊し、今や文化の矢一本でこの
ニッポンと日本人の心を支えなければならない時がきた。
音楽、ロックンロールが社会と真剣に立ち向かう時代が来たのである。
ロックンロールで時代を語り続けてきた男、深水龍作大兄・・・
遂にあんたの時代が来たぞ!
★西澤愛子 (株)ラヴァンス

私がミスタースリムカンパニーのステージに初めて出会ったのは、6年前の夏、千本桜ホールだった。
その日、それまで何故か興味を持たなかった世界に、いきなり荒削りで激しく若々しい表現の
ミュージカルとして私の前に飛び出してきた感じがした。はるか昔に過ぎ去った青春時代をちょっと思い出した。
それからは何本もの芝居と沢山の龍作ライブを見て来た。
私は一番歴史の浅いファンであり、一番年長のファンでもある。
今、まだこんなに沢山仲間や先輩がいるミスタースリムからの熱いメッセージを期待している私です。
龍作さん、長い間お疲れさま!龍作さん、もっと!もっとね!30周年、おめでとうございます。   西澤愛子
★深水三章 ミスタースリムカンパニー 創立

龍作と始めたミスタースリムカンパニー。
カール・ルイスより速く走り抜けた、オレたちの10年間。
あのエネルギーは未だお目にかかった事なし。
訳もなく面白かった日々たち。
あれから30年。。。
みんな、みんな ご苦労さん。
★河西健司 ミスタースリムカンパニー 創立メンバー

龍作さん、一生歌い続けてください。
★小澤浩 月見ル君想フ http://www.moonromantic.com
 

月日は30年前
ビートルズはすでに解散していた。
文化祭では、ディープパープルやサディスティックミカバンドをコピーしていた。
ラジオからは「ミスタースリムカンパニー」
70年代の壊れた空気が街には充満していた。
将来なんて、その形も重さも何もわからない。
それでも、少年たちには「憧れ」の対象があった。
「ミスタースリムカンパニー」
30年が過ぎ去った。
そして、「ミスタースリムカンパニー」は、生きている。
走り続ける。
30年前の少年たちとともに。  Aoyama月見ル君想フ/横浜BBストリート 代表  オザワヒロシ
★コニー コニーズカンパニー http://www1.odn.ne.jp/conny-w/conny.html

ロックンロールを愛するミスタースリムカンパニーの皆さん、
30周年おめでとうございます。初めて公演を見に行ったのは、
私がVENUSでデビューしたばかりの頃でした。
革ジャンにリーゼント、フレアースカートにポニーテール、
まさにCONNYのスタイルのお手本でした。汗びっしょりで
歌って踊って演技をするメンバーに感動したのを今でも覚えて
ます。30年たった今でも、熱いハートを持ち続けるスリムの
メンバーに敬意を表します。そしてこれからもずっと一緒に
ロックンロールしましょう。Conny
★横山剣 クレイジーケンバンド http://www.crazykenband.com/

オレがまだ16才ぐらいで、本牧でチンピラやってた頃、
後にMR,スリムのメンバーとなるボブ藤原さん(当時CHILLYS)と
出会いましてね、1977年の夏でしたね。
で、マニアックな楽器をいっぱい持っていた事で有名だったボブ氏に
ギターアンプやベースアンプを借りて
自分のバンド(当時CHINA DOLLS)の地元ライヴをやることができたのです。
もし、あの時ボブ氏がアンプを貸してくれなかったら
ライヴは出来なかったわけで、本当に感謝しています。
で、その次の年に後に東京JAPのメンバーとなる赤坂さんと、
COOLS.R.Cの関係者を通じて出会いまして、P.T.Aや、
ZAZOUってバンドで、1980年にはポリスター・レコードのコンべンションで
深水(龍作)さん、谷さんと出会い、1981年には東京JAPが
横浜教育会館でライヴやった時の打ち上げが中華街の北京飯店であり、
その席でもご一緒しましたね。そのあと終電もなくなって深水さんと谷さんを
オレの運転するハコスカ2000GTに乗せて四谷の
セーフー・チェーン方面まで送っていったんですが憶えてますかね?
で、1984年にはオレの後輩のチャーリー宮毛(現ラテン・スウィンガーズ)が
MR.スリムに入って、四谷フォーバレーの卒業公演の日に
当時ラッツ&スターの山崎氏や村上里佳子ちゃんと応
援に行ったり、
何かと縁のあるMR.スリムなのです。
というわけで30周年おめでとうございます!
イイネ! イイネ!イイネ!
★大野真澄 VOCALサイト http://f19.aaa.livedoor.jp/~ohno/index.html

「これからもシンスイ龍作だ!!」         大野真澄

僕が初めてシンスイ龍作と出会った時、僕の年齢は18才 シンスイは24才。
セツモード・セミナーから、キッド兄弟商会の「東京キッド」出演。
そしてブロードウェイミュージカル「ヘアー」の日本版出演。その後、シンスイ
自主上演の「ヘアー」での音楽を僕が担当。
僕らが「ガロ」を結成した時、名古屋御園座公演ではシンスイが演出を担当。
そして「ミスタースリムカンパニー」の草創期にも僕が音楽を担当。
以来今日に至るまで、変らぬ付き合いが続いてきて、
気が付けば僕は50の半ば、シンスイも還暦を越えて益々意気軒昂!!
思えば、1975年11月。ニューヨークから帰国したその足で僕の家に現れたシンスイは
「ミスタースリムカンパニー」を観に行こうと・・・。
そしてその日から30年。疾走し続けるシンスイは、いつも僕らの前を、いや先を走っている。
この疲れを知らないパワーの源が
「ミスタースリムカンパニー」であることは間違いない。
これからも止まることなく走り続けてもらいたいものである。というより
走り続けてもらわないと後に続く僕達が困ってしまうのである。
ヨロシクであります!!
PS.この記念すべき30周年「SLIM AUGUSTライブ」に、スケジュールの都合で参加出来ないことを、
  本当に残念に申し訳なく思っています。これからも「ミスタースリムカンパニー」が益々発展されることを願っています。

Copyright 1999 - 2006 Mr.Slim Company.Ltd. All rights reserved.